きみを死なせないための物語 宇宙考証の解説
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epi.17-18

コクーン国際科学技術学会
©吟鳥子(秋田書店)

17-18.コクーン国際科学技術学会

アラタとリュカが国際学会に参加しています.

学会は,自分の研究の成果発表や関連分野の動向調査だけでなく,普段はあちこちに散らばっている大学企業,機関の友人や競争相手と再会し,また新たな出会いがあったり新しい研究テーマが生まれたりすることもあります.

17-18.1.学会あれこれ

まず本話で最初に「おお!」となるのは,第17話の扉かと思われます.

パリ・コクーンの宙港ですね.ひと目見て「シャルル・ド・ゴール空港だ!」と思われた方も多いかと思われます.

参考までに,2006年,スペインバレンシアで開催された世界最大の宇宙に関する国際学会であるInternational Astronautical Congress(IAC,国際宇宙会議)への道中,経由した同空港の写真です.

若干湾曲した梁から樹状に伸びるこの芸術的にも複雑なトラス構造を描かれた先生方はすごいですよね!

シャルル・ド・ゴール空港

まず学会での大まかな流れをご紹介します.

①時間的に余裕がある場合には,学会初日の前日に現地入りします.既に受付が始まっている場合が多いですので,混雑しない内に参加登録(Registration,レジスト)を済ませ,ネームプレートやプログラム冊子を受け取ります.

②受付を済ませたら,ぱぱっとプログラム冊子を見ながら複数の発表会場の位置関係を把握するためにうろつきます.自分の発表会場のみならず,聴講したい発表がどこであるのか,効率的な移動経路はどうするかなどを把握するためです.

③自分の発表会場も見ておきます.どのくらいの広さなのか,雰囲気はどんな感じなのかなどを把握しておきます.

④発表前夜は最終のチェックと練習をします.

⑤いよいよ当日.通常は練習部屋も用意されているので,予約して,時間が来たら練習することもあります.一人だけでやることもあれば,同僚に見てもらうこともあります.

⑥そして本番です!

⑦写真はありませんが,仲間内で大方の発表が終わればみなで夕食を食べに行きます.筆者の場合,アメリカへ行ったときはほぼ必ずMorton'sステーキを食します.Morton'sは全米にあるので大体どこにでもあります.ここで食べると,もう肉はいいや…って気分になります.

学会の流れ

レジストを済ませると,ネームプレートとホルダーが支給されます.

学会会場では参加者は常にネームプレートを首に下げています.これは参加登録費を支払っていない人が紛れ込むことを防ぐためです.

ネームプレートには通常,学会名,参加者の氏名と所属,そして発表者ならSPEAKER,各会場の司会を行うチェアパーソンならCHAIR(CHAIRMAN,CHAIRPERSON)という印字または札があります.

話中のアラタのネームプレートではREGULARとも印字されていますが,これは学会に通常料金で参加登録したことを意味しています.最近は世界的に参加登録費も値上がっており,国際学会だと安くても5万円,よくあるのが7~8万円,高いものだと10万円超にもなっています.一方,学生は大きくディスカウントがあり,学会にもよりますが通常料金の数分の1から10分の1であって,ネームプレートにはSTUDENTと印字されます.安い分,バンケットへの招待はありません.

その他にも招待者とか永年会員とかいろいろな区分があってそれぞれ印字されます.航空会社のマイレージのステータスもそうですが,欧米ではこのような階級区分が明示されます.

ネームプレート

上のネームプレートの写真,分かりにくいのですが右端のものの学会名はInternational Symposium on Space Technology and Science(ISTS)というもので,これは日本国内で開催される最大の宇宙工学宇宙科学に関する学会です.このような大きな学会は,毎年開催するものもあれば,2年毎に開催されるものもあります.ISTSは2年毎の開催となります.

規模の大きな学会は,開催国や自治体,企業などの援助を受けて開催されます.

市長や知事が来られることもあれば,モノによっては大統領が来るような場合もあります.例えば1000万円の寄付があったとして,参加者5000人が宿泊費や食事などで一人3万円を使ったとすれば1億5000万円になりますので,ある意味,自治体にとっては有益なイベントとも言えます.

話中の学会はInter-Cocoon Symposium on Technology and Science(ICSTS)です.こちらは全コクーン規模のいわゆる国際学会であって,宇宙に限らず理学工学の全般に渡るもののようですから,相当な規模の学会であることでしょう.

ICSTS
©吟鳥子(秋田書店)

学会には大学や研究機関の研究者技術者のみならず,産業界からの参加もあります.

発表を行うところもあれば,展示会場にブースを出すところもあります.

下の写真はアメリカ航空宇宙学会American Institute of Aeronautics and Astronautics, AIAA)が主催する宇宙推進に関する学会(Joint Propulsion Conference and Exhibit(JPC,現在はPropulsion and Energy Forum))の展示会場の様子です.

大企業のBoeingやらLockheed MartinやらAerojetやらは大きな展示ブースを展開している一方,バルブタンク,電子系などの一点集中な技術を有する小さなところは一坪くらいのものが多いです.

でかいロケットエンジンとか人工衛星搭載用のなんたらかんたらとかが展示されていて,ここをじっくり見るだけでも学会に参加した甲斐があるというものです.

筆者は幼少の頃から宇宙にハマッて,やがて宇宙工学へ興味が集中するようになりましたが,専門知識を得るにつれて何が嬉しいかと言えば,例えばロケットエンジンを見たときにこの配管は何のためにあるのか,激しい振動環境に対してどのように負荷を軽減しているかなどという,開発者の苦労とその結果編み出された技術的対処に味わいを感じられるようになったことです.

企業展示ブース

学会では数多くの発表があるので,ジャンル毎に細かく分けられた複数のセッションが同時並行で進められます.

例えば宇宙推進一つに限っても,化学推進か電気推進か,液体推進か固体推進かなどという大枠だけでなく,エンジンの中でどのようなことが起こっているかという現象の観察や解明或いはそれへの対策などの基礎研究もあれば,エンジンの性能向上を目指した開発報告,またはバルブや配管と行った細かい要素に関するもの,そのエンジンを用いた宇宙ミッションの提案など数10にも分かれます.

その一つ一つのセッションでこれまた数10の発表が行われるので,大きな学会だと一回の開催で1000,2000…の発表があります.

しばしば自分が聴きたい発表が並行してあるために全ては聞けないということがあるので,そういうときは同僚や学生と手分けして情報収集に努めます.

さて,個々のセッションには必ず司会進行を務めるチェアパーソンがいます.

チェアパーソンはそのセッションに係る分野の中で十分な経験や業績を有する人たちが事前に選ばれて,依頼を受けます.実際には「宇宙は広い.業界は狭い.」と言われるように人材はそれほど多くはなく有限なので,一人で3つも4つもセッションチェアを引き受ける人も多いです.

事前に講演論文を多いときには何10本も読まねばならないことなど,チェアの労力は相当なものである一方,その分野においては認知されているかまたは認知される機会にもなるという実益もあると言えばあります.広く認知されることは,プロジェクトに参画したり共同で大きな予算を申請したりする機会が増える場合もあります.

チェアの仕事は大体以下のような感じです.

①まず次の講演と発表者の簡単な紹介をします.

②講演が始まれば,温かく見守ります.ときにはタイムキーパーの役目も課されることもあり,発表時間の厳守を徹底するために計時し,適時,ベルを鳴らします.例えば一講演20分であれば通常は15分発表+5分質疑応答なので,10分で一鈴(あと5分で発表を終えてください,の意),15分でニ鈴(発表を終えてください),20分で三鈴(持ち時間なくなりましたよ)を鳴らし,もしその後も続くようであれば適宜切り上げるよう仕向けつつ,1分毎にベルをチーンと鳴らします.

③発表が終われば,「質問のある方はどうぞ」と言って質疑応答に入ります.関心集める発表であればばばばと沢山の挙手がありますが,誰も質問しようとしなければチェアが質問します.だからチェアは事前にその発表の講演論文を熟読し,質問を幾つか考えておかねばなりません.チェアの質問を皮切りに質疑応答が盛り上がる場合もあります.

④大体質問が出尽くすか時間が来れば,その講演の終了を宣言し,次の講演へと移ります.

⑤そのセッションの全ての講演が終われば,セッションのクローズを宣言し,次のセッションの案内をします.

話中でのチェアの仕事ぶりをまとめてみました.

学会に参加したことがある方にはお馴染みのセリフになっているかと思います.

チェアの仕事ぶり
©吟鳥子(秋田書店)

そう言えば話中に「隔離セッション」や「エキゾチック・セッション」という言葉が出て来ます.

これは学会での正式な名称やセッション振分ではなく,他のどのセッションにも分類できない独特なものの内,現状の技術や科学の知識では評価できない講演をまとめたセッションというものが一つの学会につき一つ二つはあるという研究者的都市伝説で言うところの隠語です.

学会や研究者というものは,現状では評価できなことは価値の無いものであるとは決して思いません.何がどうなって現状のブレイクスルーになるかもまた,現状では判断できないからです.従って,屈辱的・差別的なひどいものでない限りは,たとえトンデモ系であったとしても,これを拒絶することはありません.ただ現状の分類ではどのセッションに振り分ければ良いのか判断が困難であるために結果として,そのようなセッションが出来上がるということです.

とは言え…いわゆる「科学的思考法」或いは「論理的思考法」に則った論法であればきっと興味深く聴講されるであろうところ,「宇宙機に右向きの力と左向きの力がかかります.ここで右向きの力を無視すると宇宙機は左向きに加速されます.」というならば,なぜ右向きの力が無視できるか,どのようにすれば右向きの力を無くせるかということを述べなければそこで論理が破綻してしまいます.「モノは重力で引き寄せられるが,それが負の質量を持つなら弾き飛ばされる」というようなものもありました.このくらいならまぁそれほど隔離されないこともありますが,第13話補講の「非科学推進(Exotic Propulsion)」にも記載した事例は典型的です.

しかしそうは言っても,いずれ右向きの力は無視できる技術が生み出されるかも知れない,負の質量が発見されるかも知れない,という期待もまた,研究者は抱くものでもあります.

しかしながらこのリュカの見解は,コクーンでは到底受け入れられないことであったようですね.

隔離セッション
©吟鳥子(秋田書店)

最後に食事について.

大きな国際学会になると,通常料金で参加登録した参加者にはランチボックスの提供やバンケットへの招待があります.

余談ですが,我々研究者が研究費で学会参加する場合,参加登録費もまた研究費からの支出となりますが,それとは別に出張旅費が支給され,その中に食費に充当すべき金額が計上されています.すると,学会から食事が提供されたなら出張旅費にある食費相当分は二重取りとなってしまいます.

従って,通常は学会からランチボックスやバンケットの分の金額がオプションとして示されているので,この金額を出張旅費から差っ引くことでこのような不正をしないことが徹底されています.

欧州での大きな学会だとランチやバンケットではそれなりのコース料理が出て来ます.フランスならワインは水代わりです.

フランスカンヌで開催された3rd International Conference on Spacecraft Propulsionという学会でのランチでは,食後のデザートの提供がかなり遅れました.

しかし午後のセッションの開始時刻が迫っています.もうデザート食べてる時間が無いよ…となったところで慌てて席を立ってセッション会場へ向かったのは日本人ドイツ人でした.他の人たちはまだデザートを待っています.

そして…午後のセッション開始時刻を1時間遅らせる…との公式アナウンスがなされました.

さすが,フランスでした.

一方,アメリカの学会でもバンケットはコース料理となりますが,とにかく肉がでかいです.それは嬉しいことなのですが,片やランチボックスについてはみなさんに紹介しなくてはなりません.

ランチボックス

わーおアメリカだぁ!いかにもアメリカなランチボックスだぁ!

ピクルス,丸ごとやよ.でかいよ.

ポテチ小袋そのままかいな.

コールスローめっちゃ甘い~ひぃ~…

飲み物はペプシだのスプライトだのドクターペッパーだのとにかく甘い炭酸飲料ですね.

我々,別に不満はなくて,いかにもアメリカ!さすがアメリカ!と楽しみつつ喜んで食べていますが,これ,ヨーロッパの人に怒られそうなランチボックスだなぁ…とは思います.

学会は他機関の研究者とオフラインで会える貴重な機会ですし,以前にプロジェクトで共同していたり,学生時代には同じ研究室であったりしますのでちょっとした同窓会な雰囲気もあります.

だから「一緒に食べようよ」と,みなででかいピクルスをかじったりしているところです.

一緒に食べようよ

ランチボックスで思い出しましたが,いつぞやのアメリカでの学会でのこと.

我々はランチボックスの配布場所が分からず右往左往していました.

ちょうどその頃,スペースシャトルがあの痛ましい事故後,フライトを再開するということで,学会の時間中にSTS-114の打上が行われる予定となっていました.これは宇宙界隈の人間として,ぜひ見守らねばならない大きなイベントでした.しかし当時はまだ学会会場でWi-Fiが飛んでいるということもなく,またスマホもありませんでしたので状況がよく分かりませんでした.

そのとき,NASAの方が通りかかったので,シャトルの状況を聞こうと思って声を掛けました.

我々「打上(Launch)はどうなりましたか?」

NASA「ランチ(Lunch)ならいま自分も探してるところですよ」

…いやたぶん発音はちゃんとしてたと思うよ.

やはり人間,お腹が空いてたらごはんが第一なんだねえ…

ちなみにそのSTS-114は,我々がランチボックスにありつけた頃に打上延期となりましたが,2005年7月26日14:39(UTC)に無事打ち上がりました.