きみを死なせないための物語 宇宙考証の解説
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禁書(第18話)
(第18話より)©吟鳥子(秋田書店)

19.ケプラーの法則

第18話にて,リュカの経験的洞察は,不幸にも禁書の内容に触れるものであることが描かれました.

それを受けて天上人呪詛のようにそのことを述べています.

今回は,惑星宇宙機が描く「軌道」について説明します.

数学的な事項も出て来ますが,本解説では数式は書きませんのでお絵描きしながら読んで頂ければ幸いです.

なお,補講では少々数式も含めた説明をしたいと考えています.

天上人の呪詛
(第18話より)©吟鳥子(秋田書店)

19.1.円錐曲線

惑星や宇宙機が万有引力の影響で運動するときに描く道筋を「軌道」と呼びます.

この軌道は必ず「二次曲線」または「円錐曲線」と呼ばれる曲線となります.

円錐曲線とは「楕円」「放物線」「双曲線」のことをまとめてこう呼びます.

なぜこれらの曲線のことをまとめて円錐曲線と呼ぶかについては,以下の理由に因ります.

いま,あなたの眼の前に一つの円錐があると考えましょう.

円錐の底の面を「底面」,先っぽのトンガリ部分を「頂点」といい,頂点から円錐の側面上にまっすぐ底面に向かって引いた線のことを「母線」と呼びます.

あなたはこの円錐を,何らかの理由によってでバサッと切ろうとしています.

その一太刀が底面に平行だったとき,その切り口は「円」になります.

しかしそれが,底面にはかからない程度に少し傾いたときは「楕円」になります.

もっと傾いて,母線に平行に切ってやると,切り口は「放物線」になります.

それよりもっと傾いて,もう左右に切るというよりは上下に振り下ろすような感じになると,切り口は「双曲線」となります.なお,実は円錐はもう一つ,頂点同士を合わせるようにひっくり返ったものが上にあると考えれば,この場合のみ,上の円錐も切ることになりますので,二つの円錐の切り口としては双子の双曲線が現れることになります.

円錐曲線の由来

このように,円・楕円,放物線,双曲線は円錐をある平面で切ったときに現れる形状であることから,これらをまとめて「円錐曲線」と呼ぶようになりました.

円錐曲線についてはもう2000年以上も前にアポロニウスによって散々研究され,「円錐曲線論」としてまとめられました.これらの曲線の名前もまた,彼がそう呼んだことに由来しています.

なぜこの宇宙での軌道が円錐曲線の切り口の形なんかと関係しているのか?

それはもう,たまたまこの宇宙ではそうなっている,としか言いようがありません.

アポロニウスもさぞかしビックリなことでしょう.まさか2000年後に宇宙の法則と結び付くとは,きっと考えていなかったのではないでしょうか.

もしかすると深いところでは何らかの繋がりがあるのかも知れませんが,結局,「物理」とは自然法則の一環たる宇宙の真理であったとしても,「物理学」は真理ではなくかくも現象論的なものなのです.

数学的には,円錐曲線の形は位置座標の二次式で表されることから「二次曲線」とも呼ばれます.

二次曲線は,高校2年生くらいの数学で出て来るので,習った方もいらっしゃるかも知れません.得てして数学の授業の中での数学って,一体これ何に使うの?何のためにこんなの習うの?…というような感じで気を失いそうになるやも知れませんが,実は,この宇宙の中での物体の動きを如実に表すということが,一つの使いどころです.

三次式とか100次式ではなく,比較的簡単な二次式で宇宙の旅に出られるところなど,この宇宙は一見すれば複雑なようでいて,しかし実はとてもシンプルな法則が組み合わさってできているんだ…ということの証左かも知れませんね.

たぶん人間社会において人間が作った法則よりもシンプルなのではないかと筆者は考えています.

円錐曲線

さて,円錐曲線はそのいずれにも「焦点」と呼ばれる点が存在しています.

その焦点が重なるように置いたとき,うまくある点で交わるようにした場合について描いたものが上図となります(常に全ての円錐曲線がある一点で交わるとは限りません.上図では,見た目がきれいなのでそうなるような円錐曲線の大きさを選んで描いているに過ぎないことに注意願います).

楕円を例にとると,(長い方と短い方のどちらでも良いのですがここでは)長い方の半径と潰れ具合を指定してやれば,一意にある大きさである潰れ方の楕円を決めることができます.この長い方の半径を「長半径」,潰れ具合を「離心率」という数値で表してやります.

このように「長半径」と「離心率」で形を表すということは,楕円だけでなく放物線や双曲線も含めた円錐曲線全般に適用することができます.つまり,一つの数式で円錐曲線全てを表すことができるということです.

もし離心率が0ならば,それは「円」となります.

離心率が0より大きくなると「楕円」となります.離心率がどんどん大きくなるとどんどん潰れた楕円になりつつ,長半径がどんどん大きくなって行きます.そして1よりほんのわずか小さいくらいにまで,つまり0.9999999…となると長半径はものすごく大きくなります.

そして!離心率が1になった瞬間,それまでは閉じた曲線すなわち閉曲線,つまりどんなに細長ーーーーーく潰れていたとしてもぐるりと回ればまた元の場所に戻ることのできる曲線であったものが,突然,一方がパカッと開きます.それが「放物線」です.放物線はもはや閉曲線ではありません.

さらに離心率が大きくなる,つまり1より大きくなると,放物線はくぃっとさらに広げられて「双曲線」になります.

ところで楕円の描き方をご存知でしょうか.

①下図のように,紙の上に2本のピンを立てて,それに1本の紐を結び付けます.

②その紐に鉛筆を引っ掛けてピンと張ります.

③そしてその紐が弛まないようにしながら鉛筆をぐるっと一周させれば,楕円の出来上がりです.このピンの位置が,この楕円の焦点となります.

「楕円」とは「平面上において2つの点からの距離の和が一定である点の集合」だと定義されるものですから,いま,ピンの位置が「2つの点」であって,紐の長さが「2つの点からの距離の和が一定」であることを規定していますので,この描き方は楕円の定義そのものとなります.

楕円の描き方

焦点の一方に光を四方八方に放射する点光源を置くと,その光はどの方向に向かったとしても,楕円の線上で反射されて,もう一方の焦点に向かいます.その光の経路は,先の楕円の描き方における紐と同じになります.

これを利用して,いま楕円面を持つような楕円鏡を作ってやれば,下図のように,点光源から四方八方に出た光を別の一点に集めることができます.例えば,電球の光を一点に集めて明るく照らすとか熱く熱するとか,そのような技術として利用されています.

楕円鏡

このような性質は他の円錐曲線でも見られます.

放物線の場合,下図のように左からやって来た平行な光線は,放物線で反射されると焦点に集まります.

例えば天体が発するや,人工衛星から地上へ発射される放送電波などは,十分遠方からやって来ると見なせるため,(ほぼ)平行に光や電波がやって来ると考えて実用上問題ありません.

この光線を焦点の一点に集めるということは,光の場合には結像することを表し,電波の場合は信号強度を最大にすることができるということになります.

この性質を利用して,望遠鏡パラボラアンテナが作られています.

反射式望遠鏡の主鏡は放物面鏡ですし,衛星放送受信するパラボラアンテナは放物面の一部を切り取った形になっています.

放物面鏡・パラボラアンテナ

双曲線の場合はちょっとややこしくなります.

双曲面の形を持つ双曲面鏡の場合は,下図のような右からやって来る光線を凸側で反射させることで,対をなすもう一つの双曲線の焦点にその光線を集めることができます.

双曲面鏡

より繊細な天体観測をしようとすると,望遠鏡の焦点距離を長くする必要があります.

カメラ望遠レンズもそうですね.より遠くのものをより拡大して写すためには焦点距離の長いレンズを選びます.

ところで長い焦点距離の望遠鏡や望遠レンズを,レンズ屈折を利用して作ろうとすると筒っぽ(筐体)がとても長くなって取り扱いがしんどくなってしまいます.

そこでレンズの屈折ではなく反射を利用することで,単純には筐体の長さを半分程度に短くすることができます.望遠鏡やカメラのレンズでも焦点距離の長いものには反射式のものが多く見られます.

ところが反射式であってもなお,さらにもっと拡大しようとすると筐体が長くなってしまいます.

そこで,複数の円錐曲線の形を持つ反射鏡を組み合わせることで,長い焦点距離の望遠鏡をより短い筐体で作ることが可能になります.

下図はカセグレン式と呼ばれるもので,まず左から望遠鏡に入って来た光は右の放物面鏡(主鏡)で反射されて,集束しながら左側へ進みます.この光を,双曲面鏡(副鏡)で再度反射させ,その焦点に配置したカメラで受光することで像を得ます.

カセグレン式

今度,望遠鏡売り場などに行かれましたらぜひごらんになってください.

細長い形状の望遠鏡は屈折式望遠鏡であって,これはレンズで光を集束させるものです.

一方,大口径の割に長さが短い寸胴型のものは反射式望遠鏡です.一方の端に大きな放物面鏡である主鏡が入っています.

さらに,反射式望遠鏡で,人が除く接眼部が光の入口に近い側の筐体横に付いているものは,副鏡が平面鏡であるニュートン式望遠鏡です.

それに対して,反射式望遠鏡であるのに接眼部が主鏡側にあるものは,副鏡が双曲面鏡であるカセグレン式望遠鏡です.

なおカセグレン式にもいろいろ派生型がありますし,さらに反射鏡を組み合わせたものもありますので外観だけで断定はできないのですが,しかし一般に購入可能なものとしては大体上記のような外観による判別で十分だと思われます.

以上のように,円錐曲線は宇宙航行の計算でも使われますし,衛星放送や信号の送受信,望遠鏡などにも使われています.

本節最後にちょっとした実験です.台所スプーンとかおたまとかあるでしょうか.

スプーンやおたまの凹部の近くに顔や指を近付けてみてください.すると上下そのままに映っていることでしょう.

そこから段々と距離を離して行くと,あるところで像がばーっと大きくなった後,さらに離すと上下逆さまになって映っていませんか?

スプーンやおたまは厳密な円錐曲線の面にはなっていないのですが,ある程度は円錐曲線の性質を有しているので,焦点の位置より前にあるか後ろにあるかによって像が正対したり反転したりします.

19.2.ケプラーの法則

ケプラーの法則は,惑星の動きを定量的かつ厳密に表すことを目指したケプラーによって発見されました.

その経緯についてはここでは割愛しますが,ぜひこちらの「3. 軌道力学」もご参照ください.

まとめると,

第1法則:惑星は,太陽を一つの焦点とする楕円軌道を描く.

第2法則:惑星と太陽とを結ぶ動径は,一定時間に一定面積を描く.

第3法則:惑星が軌道を1周する時間(軌道周期)の2乗は,軌道長半径の3乗に比例する.

の3つから成ります.

これが発見されたのがもう400年前です.

人類は古来より惑星の存在に気付いていましたが,それを定量的かつ厳密に表すことができるようになるまでに数千年かかりました.

そして400年前のこの法則は今もなお,NASAであれJAXAであれ,宇宙機を送り込むときには利用しています.

もちろん,その後に発見されたもろもろ,例えば物理学では相対性理論など,数学では微積分などと組み合わせられてはいますが,根本として,ケプラーの法則は依然,極めて重要な手掛かりとなっています.

ケプラーはティコの膨大な惑星の観測結果から帰納的にケプラーの法則を発見しましたが,その後,ニュートンは万有引力の概念を導入し,力学法則を適用することで演繹的に同法則を導くことに成功しました.

科学すなわち科学的思考法とは,事象解釈の間に一対一対応させる活動のことですが,この一対一対応に,信じようと信じまいと成り立つ客観性普遍性を求める場合には,多数の事象から一つの解釈へ向かう帰納と,一つの解釈から事象の全てを説明可能な演繹が互いに繰り返されることで検証される必要があります.

もしその過程で互いに齟齬や矛盾が見付かったときには,解釈が修正されることになります.このことから,科学は「自己修正的」であると言えます.

この科学的思考法が極めて美しく成立したものの代表例が「ケプラーの法則」であると筆者は考えます.

当学科では3年生に「宇宙航行力学」として講義を提供し,軌道力学の基礎から始まり,最終的には太陽系内の惑星探査機の軌道の初期検討が行えることを目標としています.

軌道力学ってなんだかムズカシそうだ…と思われるかも知れませんが,ケプラーさんのおかげで非常にシンプルにまとめられていますので,基本的には高校2年生くらいまでの数学知識があれば十分です.但し,幾つかの数学公式を「こういうものなんだ」と受け入れれば,中学生でも理解できるかとも思われます.

電卓(できれば関数電卓)があれば,惑星探査機の軌道の初期検討は十分行えますし,さらにツィオルコフスキーの式(ロケット方程式)を知っていれば必要な燃料の質量を求められ,探査機の設計検討へ入ることができます.

ちなみに今年度の宇宙航行力学の試験問題は,木星衛星であるエウロパへのフライバイ計画でした.

宇宙航行力学FY30試験問題