きみを死なせないための物語 宇宙考証の解説
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epi.32

Sabatier Reaction
©吟鳥子(秋田書店)

32.セクハラ数式

数式はこの宇宙現象について,厳密な定義に従って定性的かつ定量的にその本質表現したものです.

そこには飾りも不足もありません.だから一見,無味乾燥に見えるかも知れません.

数式を理解するためには,非常に幅広く深い数学の諸々の定義定理,性質,また表現の決まり事を知っておく必要があります.これが数式,数学が難しく感じる所以であろうと思われます.

しかし目さえ慣れれば,その数式が力強く熱烈に「これこれはこうなんだよー!」と私たちに想いを伝えようとしていることを読み解くことができるようになります.

数学は難しいのではありません.いかつくてめんどくさいだけです.いかついおっさん…絡むとめんどくさいことになりそうだな….でも一旦話しかけてみればとても優しくて世話好きな良い人だった…いかめしさを感じていたのはちゃんと見ようとしなかっただけ…

数学もそんな感じです.

32.1.化学反応

話中でアラタが聞く人のことを忘れてペラペラと専門バカの一面を出してしまう場面がありましたね.

ここでは幾つかの化学反応について説明します.

サバティエ反応は,二酸化炭素水素を反応させて,メタンを得る化学反応です.

コロニーなどの閉鎖環境内で排出される二酸化炭素は,空気中の濃度が上がると命に関わるためどうにかしなければなりません.空気中から二酸化炭素を分離して取り出すことはできますが,貴重な資源の成れの果てではあっても廃棄するのはモッタイナイ!

そこで二酸化炭素に含まれる元素の再利用が必須となります.

二酸化炭素に水素を混ぜて加熱した触媒に触れさせると,元素の繋がり方が代わってメタンと水に生まれ変わります.

水は飲料水冷却水熱媒体として利用でき,また電気分解によって酸素と水素に分解できるので生命維持や燃料などとして有効利用できます.また酸素と水素があれば燃焼させる以外にも,燃料電池発電することもできます.

メタンはそのまま燃料としても良いし,また別の化学反応によって炭素や水素やいろいろな炭化水素有機化合物を得ることができ,これらもまた様々なことに有効利用できます.なお,ラクリモサが東京タワーの「蓋」を外す際にバーナーで焼き切っていましたが,これは炭化水素の一つであるアセチレンと酸素を燃焼させています.

サバティエ反応は宇宙ステーションや火星での物質循環による資源の再利用のための有力な化学反応の一つです.

水性ガスシフト反応は,一酸化炭素と水を触媒で反応させて,二酸化炭素と水素を得る化学反応です.

サバティエ反応でメタンが得られた後,そのメタンを高温の水蒸気と混ぜて触媒に触れさせることで,一酸化炭素と水素が得られます.水素は有効利用します.

一方,一酸化炭素は有毒ですのでいち早く安全なものにしなければならない.どうせなら役に立つものにしたい.

そこで水蒸気改質の一種である水性ガスシスト反応により,一酸化炭素を除去しつつ水素を得ることができます.

宇宙コロニーのような閉鎖環境では,不要又は不適切なモノから有用なモノへ,あれこれ使って再利用することが肝要です

さらには,資源を消費した後にはなるべく環境負荷が小さく,再利用のコストが小さいものが望ましい.

以上のことから,エネルギー循環の根本に水素を選ぶことはとても有益です.

水素はいろんな方法で得ることができることも良いです.

従って,将来,私たち人類が宇宙で定住するとなれば,恐らくそこは水素化社会となることでしょう.

なお,このようなエネルギー循環を以ってクリーンエネルギーなどと言われることもままあるのですが,エネルギーを消費して,例え循環させたとしても,必ず環境には負荷を与えますから決してクリーンではありません.

だから本来であれば「グリーン(=環境負荷の小さい)エネルギー」と呼ばれるべきものです.

32.2.鏡面仕上げ

鏡面仕上げとは,金属や塗装面の表面加工法の一つです.

表面を滑らかにする加工には「仕上げ無し(~)」「粗仕上げ(▽)」「並仕上げ(▽▽)」「微鏡面仕上げ(▽▽▽)」「鏡面仕上げ(▽▽▽▽)」という程度があって,図面上で,旧JIS規格では当該の表面に付記する▽の数で,新JIS規格では数値で表面粗さを指示します.

鏡面仕上げは最も滑らかになるように研磨材などを使って表面の凸凹を極めて小さくして,のような光沢を得るものです.

鏡面仕上げ
©吟鳥子(秋田書店)

鏡面加工または鏡面仕上げの目的は幾つかあります.

一つは全く見た目の美しさのためです.もしくはそれ故に,ほんの少しの汚れや曇りもすぐに見付けられるようにするためということもあります.ステンレスキッチンなどで見かけますね.

あるいは部品と部品が接しつつ滑らかに動くようにするためで,表面の凸凹が極めて小さくなっているので,微小な凸凹による引っ掛かり或いは摩擦が小さく抑えられます.身近なところではエンジンの中で摺動するピストンが挙げられます.あまり直接目にすることは無いんですけど..

また,大気中を飛ぶ飛行機ロケットの場合では,ほんの少しの表面の凸凹によって飛び方の状態(空力特性)が影響を受けます.それを極小とするために,鏡面仕上げを施す部分があります.

表面積を小さく抑え,ひいては腐食の進行を遅らせるという効果もあります.目に見えないくらいの微小な凸凹であってもそれが無数にあると,その表面積はとても大きくなります.表面積が大きいと表面に触れる腐食性物質がより多くなります.また凹みの部分からは,腐食が内部へ進行することもあります.

鏡面仕上げは職人技です.

ある程度の加工精度では満足できない場合,現状では物凄いお金を掛けて物凄い開発を行わない限りは,機械で自動加工させるよりも職人が目で見て,手で感じながら磨く方が凸凹が小さく,また均一な表面状態が得られます.

もし精度の良い工作機械が自動加工を実現したとしても,その工作機械は職人の手作業で非常に高精度に作られなければならない.工作機械が加工する精度はその工作機械の精度を上回ることは困難なので,さらに工作精度を高めるためにはやはり職人が手作業でさらに高精度な工作機械を作らなければならない.

その技術を体得するには10年20年かかるというのは,決して無意味な威厳や大げさな表現ではなくて,実際に必要なことです.

職人さんって,スゴイんです!

32.3.セクハラ数式

数式はその意味を理解することも重要ですが,それ以上に大切なのが,その数式に耳を傾けて主張を感じ取り,これを書いた人は一体何を伝えようとしているのかという数式に込められた想いを知ることです.

$$100 + 500 = 600$$

100と500を足したら600になる.

数式の意味を理解すれば,計算することができます.

これ自体で十分スゴイことではあります.

ところで,この数式はある子どもの小遣い帳に書かれていました.

財布の中があと100円になっちゃった…でも今月お小遣い500円もらったら600円になる!なに買おうかなぁ.アレ欲しいけど,買っちゃうとコレが買えなくなるし…うーん…なんて,きっとその子はわくわくしたり悩んだりしながらこれを書いていたことでしょう.

そう思うと,この数式が愛おしく感じられはしないでしょうか.

結び目理論
©吟鳥子(秋田書店)

\( \mbox{L}_\mbox{k}\left(B_{oss}, P_{tnr}\right) = 0 \)

数学の位相幾何学の一分野に「結び目理論」というものがあります.

を「結ぶ」という動作によって,紐の交わり方がどうなるか.例えば蝶結びは縦結びと横結びで何がどう違うのか.一見複雑に見える結び目も紐解けばより簡単な結び方に焼き直せるのではないか.一見結べているように見えても実は折り重なっているだけで結ばれていないのではないか.などを数学的な手法を使って表現したり分析したりするものです.

結び目理論で考えると,蝶結び(但し紐の両端は結んだ後に繋げる)は,実は三葉結び目(ひとえ結び)と等しいということが分かります.

結び目理論の中で,輪っかになった紐同士がどの程度絡んでいるかを表す指標に「絡み数」というものがあります.

紐Aが紐Bの上を横切るとき+1,下を横切るとき-1などとしてこれを足し買わせた結果,絡み数 \(\mbox{L}_\mbox{k}\left(\mbox{A},\mbox{B}\right)\) は幾らかの整数値を取ります.もし紐Aと紐Bが分離可能,つまり一見絡んでいるようであってもちゃんと整理すると取り外すことができるとき,\(\mbox{L}_\mbox{k}\left(\mbox{A},\mbox{B}\right)=0\) となります(但し,逆は成立しません.絡み数が0だからと言って分離可能であるとは限りません).

そこから,アラタ(ボス,\(B_{oss}\))とターラ(パートナー,\(P_{tnr}\))が絡んでいない,つまり関係が無い状態になっている,即ちアラタがターラにふられてしまったのなら \(\mbox{L}_\mbox{k}\left(B_{oss}, P_{tnr}\right)=0\) と表現できます.

\(M_e=\left(\sigma-{\sigma}^*\right)\)

こちらは,真面目に答えれば複素数または複素関数である \(\sigma\) とその複素共役 \({\sigma}^*\) の差分が \(M_e\) に等しい,となりますが,ここは見た目で遊びました.

髪飾りを付けてつぶらなで見つめている,それはあたし!ねぇ,あたしなんてどう?ってな感じで..

バルカン定理とマクスウェル方程式
©吟鳥子(秋田書店)

\({\Diamond}\left({\exists}M_e\right)P_{tnr}\left(B_{oss},M_e\right) {\to} \left({\exists}M_e\right){\Diamond}P_{tnr}\left(B_{oss},M_e\right)\)

ここでは様相論理述語論理の記号を用いました.

様相論理とは「○○は必然である」とか「○○はあり得る」とかといった必然性や可能性を扱うものです.従って論理学の範疇なのですが,そこに数学の演算規則を当て嵌め,言葉ではなく数式として表現し,演算するもので,必然性演算子 \(\Box\) と可能性演算子 \(\Diamond\) を用います.「人間(\(x\))は死ぬ(\(P\))」という命題は必ず成り立つので必然です.これを \({\Box}Px\) と書いて表現します.

述語論理とは,数理論理学において「全ての○○」とか「○○するものがあり得る」という,ある命題が成り立つものは全てなのか一部なのかという程度問題を取り扱うことができます.この程度問題を表すことを量化といい,全称量化記号 \(\forall\) と存在量化記号 \(\exists\) があります.

これらの記号を用いると,「全ての人間は死ぬ」という命題は,

$${\forall}x \left(\mbox{Human}\left(x\right) \to \mbox{Die}\left(x\right) \right)$$

と書くことができます(「\(x\) が人間ならば \(x\) は死ぬ」ということは全ての \(x\) で成り立つ).もし死なない人間が一部にはいるとなれば上の命題は成り立たなくなって,否定演算子 \(\neg\) も用いて,

$${\exists}x \left(\mbox{Human}\left(x\right) \to \neg\mbox{Die}\left(x\right) \right)$$

と書かねばならなくなります(「\(x\) が人間ならば \(x\) は死なない」ということが成り立つ \(x\) が存在する).

ということを踏まえてこの数式ですが,これはバルカン定理(バルカン式:\(\left({\forall}x\right){\Box}Px \to \Box\left({\forall}x\right)Px\))の変形となっています.まず \(P_{tnr}\left(A, B\right)\) という関数は「\(A\) と \(B\) がパートナーになる」,\(B_{oss}\) はアラタ,\(M_e\) は「あたし」を表すものだとして,「『ボスとパートナーになるあたし』が存在し得るならば,『ボスとパートナーになり得るあたし』が存在している」がこの数式の意味になります.これは皮肉であって本音はこの命題の対偶,即ち,ちょっと言い回しを分かりやすくして「『ボスとパートナーになりたい』なんて現に思ってないんだから,『ボスとパートナーになる』なんてこの先もある訳ないでしょ!」というような感じ,転じて「バーカ!」です.

言葉って難しいですね..

\(\mbox{rot}\boldsymbol{E}=-\frac{{\partial}\boldsymbol{B}}{{\partial}t}\)

電磁気学におけるマクスウェル方程式の一つです.

既に発見されていた電磁誘導の法則を一般化して表現したもので,端的に言えば「磁石を動かすと電気が発生する」というもの,より正確には「磁束密度 \(\boldsymbol{B}\) が時間的に変化すれば,それを打ち消す向きに電場 \(\boldsymbol{E}\) が発生する」となります.私たちがいま電気を使っているのも,この電磁誘導のおかげです.

さてこれがなぜに「ボスの〇〇○に××…」なのか?

だってほら,電磁誘導って中学校で習うでしょう?男子中学生ってソウイウのに敏感だから,電磁誘導の様子からついソウイウ想像をしてしまうもんでしょう?…え?みんなじゃない?…みんなじゃないかも知れないケド…さ..

キャハハ!テヘヘ!
©吟鳥子(秋田書店)

これらも見た目で「ゲヘ」と「イヒヒ」を表したものです.

\(\left(\boldsymbol{v}\cdot\nabla\right)\boldsymbol{v}\) は,流体力学で出てくるナビエ・ストークス方程式の移流項(対流項)で,「流れ」の運動量が運ばれる効果を表したものです.

\(\int_\Omega\left({\phi}^*{\nabla}^2\phi\right)\mbox{d}V\) もまた流体力学やその他で出てくるもので,複素関数を用いて表した流れに関する境界値問題(ある領域に流れが出入りする)の計算過程の一部です.

え?流れで運ばれる?境界を流れが出入りする?…ということから,\(\mbox{rot}\boldsymbol{E}=-\frac{{\partial}\boldsymbol{B}}{{\partial}t}\) の後ならなおさら,男子中学生,もとい,筆者は幾らでも猥雑なコトを考えられます!(いやオハズカシイ…というかホントに恥ずかしい..)

念の為に申しておきますが,こんなこと,作者の先生方,編集者の方には説明しておりませんでしたので,恥ずかしいのは筆者のみです.申し訳ございません.