きみを死なせないための物語 宇宙考証の解説
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VASIMR in Tokyo Tower
©吟鳥子(秋田書店)

31.4.24光年の旅路

第31話ではジラフが東京タワーの基部に隠されたVASIMRを確認しました.

ここではVASIMRと旅路の設定上の諸元を一部,紹介したいと思います.

31.1.VASIMR諸元

VASIMR電気推進の一種です.

推進機はロケットの力学(ツィォルコフスキーの式)に従って,推進剤を如何に速く噴射するかによって性能が決まります.推進剤の噴射速度 \(c\) は比推力 \(I_\mbox{SP}\) と重力加速度 \(g\) を用いて,\(c = g \times I_\mbox{SP}\) で求められます.

ここで比推力という用語が分かりにくいかも知れません.しかも単位は「」です.ざっくり言えば,同じだけの推進剤があったときに一定の推力を何秒間発生させることができるかと解釈でき,言わば推進機の燃費のようなものです.

一例として,H-IIAロケットの第1段目は高性能の化学推進エンジンで,液体酸素液体水素を混合して燃焼室燃焼させるで大きな熱エネルギーを得,その熱エネルギーをノズル運動エネルギーに変換することで推力を発生させています.その比推力は約440秒です.実際はノズル出口圧と大気圧との圧力差も勘案しなければならないのですがここではそれはさておいて,H-IIAロケットは推進剤を約4,300m/sで噴射していることになります.

一方,電気推進は燃焼といった化学反応ではなく電気エネルギーを使って推進剤を加速させて噴射することで推力を得ています.比推力は,モノにもよりますが,小惑星探査機はやぶさにも搭載されたμ10イオンエンジンでは3,000秒くらいです.従って推進剤は秒速30,000メートルくらいで噴射していることになります.

残念なことに,推力と比推力はそもそも反比例の関係にあって,また化学反応で得られるエネルギーや現実の宇宙機で利用できる電力には上限があることから,両方を同時に向上させることはできません.

従って一般的には,化学推進は推力が大きくて比推力が低い短距離ランナー,電気推進は推力が小さくて比推力が高いマラソンランナーに例えられます.

一方,VASIMRはプラズマを発生する部分,加熱する部分,加速する部分に分けることによって,化学推進や他の電気推進では推力と比推力のバランスがある程度一定に保たれてしまっているものを,自在に制御することができるようになっています.即ち,同程度の比推力の他の電気推進と比べて推力を大きくすることもできます.

さて,話中のVASIMRについては,そう遠くない未来で技術革新が成されたという前提に立って,比推力は300,000秒,推力電力比は出立直後に最大値37.5N/kWを想定しています.なおこれらの性能は現状では未達成ですが,これは現状の研究室レベルでのVASIMRの消費電力がまだまだ小さいことに因ります.

アラタたちの場合には消費電力80MWを想定していて,これは推進機に割り当てる電力としては破格に大きいものですが,中規模の火力発電所や小規模な原子力発電所の共に1/10程度の発電量ですので,推進機に集中的に電力を回せるのであれば全く実現不可能という訳ではありません.

しかしながら当然,それには以下のような議論が必要となります.

動力炉が必要
©吟鳥子(秋田書店)

31.2.200年かかる

VASIMRの未踏領域の作動を以ってしても,4.24光年の旅路は非常に遠い.

4.24光年は約40兆kmです.

太陽の周りを半径1mで地球が公転しているとすれば,プロキシマ・ケンタウリは約268km離れています.これを東京,大阪,徳島を中心として図示してみました.

1天文単位が1mだったら…

うーん…なんとなく近いようにも思えてしまった・・・

ではでは,自宅が太陽だとして,50m離れた近所のスーパーが地球だとすれば,プロキシマ・ケンタウリさんちは13,400km先,というのではどうでしょう?

地球は球面なので直線距離のようなイメージが難しいのですが,日本から13,400kmくらい離れた場所といえばパナマとか南アフリカとか南極点とかです.

おお,これはスーパーなんかよりもずっとずっと遠そうだ!

200年かかる
©吟鳥子(秋田書店)

アラタたちの旅路の一例です.

推進剤の搭載量には上限がありますから,常に加速し続けることはできません.ある程度の加速を行った後,慣性航行を経て,目的地周辺で減速を行うというマヌーバを想定しました.

当初20年間,継続して0.01m/s\(^2\)の加速を行うとします.つまり,出発して1秒後に5mm,2秒後に2cm…100秒後に50m…1日後に37,325km…1年後に約50億km…20年後に約2兆km=0.21光年のところに到達します.

そして慣性航行に移行します.

目的地が近付いたら加速時と逆の手順を踏んで20年間の減速を継続します.

これが200年の旅路となります.

200年…私たちはネオテニイではないので不可能ですが,しかし隣の恒星系へ行くのに1億年とかといった生物の寿命とは比較にならないほどの所要時間ではなく,技術的に何とかなれば何とか行けそうなところなのだなぁ…という気もします.

例えば,現状の推進機では到底無理ですが,行程の半分を0.1Gで加速,残り半分を0.1Gで減速できれば10数年で到達するところです.

考えてみればパイオニアボイジャー太陽系を飛び出していて,方角は違うので距離のみで考えれば万年単位で到達するような距離感です.

昔,殆どの場合,生まれた土地に生涯定住していた頃,大陸の反対側や他の大陸へ行くなんて到底不可能でした.

しかしいま,私たちは飛行機で何1000kmをひとっ飛びです.

そう考えると,隣の恒星系へ行くことは,想像を絶するほどの不可能なのではないのかも知れません.

とはいえ,そこに何があるのか,何を見るのかが分からないままに出発することは,相当な覚悟が必要であることには間違いありません.