30.1.プロキシマ・ケンタウリ

プロキシマ・ケンタウリは地球から4.24光年離れたところにある，私たちに最も近い恒星です．

最も近いどころか，今後3万年くらいは私たちの方に近付いており，最接近時には約2.9光年となります．

©吟鳥子（秋田書店）

恒星はヘルツシュプルング・ラッセル図（HR図）において，絶対等級とスペクトル型の2軸で分類されます．

絶対等級とは，恒星が約32.6光年（＝10パーセク）離れたところにあるときの明るさを等級で表したもので，私たちの太陽は4.86等級となります．

スペクトル型は，恒星から放射された電磁波のどの波長域が顕著か，端的に言えばどんな色かということで表されます．

私たちの太陽のスペクトルは可視光線の波長域を最も強く発しています．だから，太陽の光に照らされる地球で進化した私たち，また多くの生物は可視光線に最も感度が有る受光素子である肉眼を有しています．このことは私たち人類が，過去のどこかで他の星から降り立ったのではなく，地球で進化したことを支持する事実の一つとなります．

太陽のスペクトル型はG型，さらに詳細にはG2V型に位置付けられます．

一方，プロキシマ・ケンタウリは太陽よりも若干暗く，また若干表面温度が低いことから長波長側（赤外線側）の光を発するM型，さらに詳細にはM5.5Ve型に位置付けられます．

GとかMとかはスペクトル型を表し，次の数字はその中でさらに細分化した程度を表し，Vは恒星の分類の主流である主系列星であることを表しています．プロキシマ・ケンタウリにはさらにeがついていますが，これは特定の波長域に特に明るい部分があることを表しています．

一言で言えば，プロキシマ・ケンタウリは太陽よりも暗く，赤い星です．

このことを踏まえて次節では筆者が2009年に作ったSF短編の中から一つ，関連のものを紹介させてください．

30.2.感度曲線

あの連中が初めてやって来たときには，それはもうみんな大騒ぎだった．

何せ，いきなりどでかい宇宙船が現れたかと思えば，大都市のど真ん中に降り立ったのだから．

街は超厳戒体制で，どう対応して良いか分からないが取り敢えず宇宙船を包囲する軍隊の大部隊に，怯えながらも物陰から撮影に挑む世界中のテレビ局，その内，暫く宇宙船が静かだからと，段々と俺ら民間人までもがうじゃじゃと集まって，まるで地面に落ちた飴玉に蟻が群がるような情景だった．

突然宇宙船の扉が開いたときには，みんながひどく意表を突かれた．

なぜなら，あれは宇宙人なんだろう宇宙船なのだから，なのにそこから降りて来た連中はまるで俺の周りにいる地球人と全く同じ，それが大勢でどやどやがやがやと喋くりながら降りて来たのだから．

さすがの俺もそれには凄く驚いたものだがその直後，そこにいたみんなと同じように俺は失望した．

もう脱力するぐらいにがっかりしたのは，俺もみんなもそれを見たことがあったから．

観光地で旗を持ったガイドに連れられた，平和な大勢の日本人旅行者の一群を想像してくれたまえ．

しかし連中はやはり宇宙人だった．

どこぞの星から避難だか移民だかではるばる地球にやって来たらしい．

詳しいことは分からないが，政府やら国連やらと協議した挙句，ある者はプール付きの一戸建てに，ある者は駅前徒歩３分のマンションに住み始めた．

俺の近所にも一人引っ越して来た．

毎朝，俺が会社に行くために駅へ歩いていたら，おはようございます，今日もいい天気ですね，なんて，芝生の手入れをしながら声を掛けられたものだった．

それだけではない．

なんと連中は俺らと，つまりその，結婚して子供をもうけることが出来ることが分かったのだった．

連中も俺らのことを憎からず思っていたようで，だから俺もその内，芝生の手入れがとてもうまい一人と恋に落ち，そして結婚したのだった．

夫婦生活は，まぁよくある幸せな毎日だった．

冗談を言い合う日があったかと思えば，大喧嘩してしまう日もあった．

でも俺たちはなかなかうまくやっていた．でもそう思っていたのは，実は俺だけだったのだ．

いや俺だけではない．地球人たちだけだったのである．

ある日，可愛らしい妻によく似合うドレスを買って帰った．

ただいまを言いながら，出迎えた妻にドレスの箱を手渡したら，妻は最初とても喜び，そしてドレスを見た瞬間，大きな溜息を洩らしながらこう言った．

「あなたは毎日毎日，吐き気を催すとんでもないものばかりを愛でていましたが，私はあなたの趣味にはもう付き合い切れないのです．私はもうここにいるべきではありません．」

結局俺は訳の分からないまま離婚となった．

聞けば，世界中で同じような恋愛と離縁が起こりまくっていたらしい．

やがて連中は一斉に，元いた宇宙船に全員が乗り込み，そして地球から逃げるように出て行った．

地球人全員が不思議に思って仕方が無かったのだが，その内，こんなことが判明した．

連中の何人かが，まるで実験体ですねと不満を言いながらも，綿密な身体検査を受けたらしい．

その結果分かったこと．そして俺も含めた大勢が味わった離婚劇の根本原因だと判明したこと．

それは連中の故郷が回る恒星が，俺たちの太陽よりも二千度ほど表面温度が高いと言うことだった．

ヘルツシュプルング・ラッセル図で言えば，ほんのちょっとの差異だったのではあるけれど．

俺たち地球人の初めての結婚は，宿命と言うべき育ちの違いを乗り越えることが出来ず，感覚的な好みの違いの積み重ねによって，こうして敢え無くも破綻した．

やはり服の趣味を合わせるならば同じＧ２Ｖ型のところの宇宙人に来て欲しいと，みんながそう思った．

30.3.サブシステム

この世の全て，宇宙船や機械に限らず人間社会や，人体，その他諸々…は「システム」を構成しています．そしてシステムには必ず，それが実現しようとする「目的」があります．

学校でいえばカリキュラムというシステムは，これを具体化した国語，算数，理科，社会…という科目に分かれ，算数を一つ見れば算術，図形，グラフ…などの分野に分かれます．この学校のシステムは，人間社会を維持するために必要な幅広い手段や選択肢を次世代に伝授し，社会を維持するだけでなくみんながそれぞれの「夢」を実現してなりたい自分になれることを目的としたものです．

日本でいえば，私たちの国は47都道府県に分かれます．徳島県を一つ見れば徳島市，鳴門市，つるぎ町，海陽町…などの市町村に分かれます．徳島市を一つ見ればさらに細かい町丁が現れ，さらには番地が付与されています．このシステムは，行政やその他諸々の生活を維持することを目的としています．

このように，一つのシステムの中には幾つかに分類されるものがあります．さらにそれぞれはもっと細かく分類することができるので，これもまたシステムです．

システムの全体を一段階だけ分類して現れるものを，全体から見て「サブシステム」と言います．

©吟鳥子（秋田書店）

人工衛星は一つのシステムであり，サブシステムは大体の場合，熱系，構造系，電源系，通信系，姿勢制御系，軌道制御系…あたりがあります．これらに支援される形でその人工衛星の目的，例えば天体や地球を観測すること，通信を中継すること，測位情報を発信することなどの目的を果たすミッション系があります．これらの○○系は人工衛星を構成するサブシステムとなり，それぞれのサブシステムにはそれに特化した技術を有する人や会社が開発のためのメンバーとして従事します．

アラタたちは有人の宇宙船を作ろうとしているので，生命維持のためのサブシステムなども必要となります．

漫画ではさらに「電装」という言葉が出てきますが，これは個々のサブシステムを接続して働かせるための取り持ちを行うものと位置付けられ，これもまたサブシステムとも言えるでしょう．電装は計装とも呼ばれます．人体で言えば，臓器を結ぶ循環器系とか神経系が相当します．

大きなシステムを実現することは，一人で行うことは不可能です．

だから様々な分野からこれに特化した技能，技術，知見，ノウハウを有する人たちが集まる必要があります．

多くのメンバーを動かして，システムを間違いなく完成させて動作させるためには，プロジェクトとして進め，システムを部位に分けて最適なサブシステムに分類すること，これにタスクを割り当てること，必要な工数を算出して工程を組み立てること，進捗を管理することなどがきちんと成される必要があって，そのためにはシステム・エンジニアリングとプロジェクト・マネジメントに通じた優秀なプロジェクト・マネージャーを立てる必要があります．

アラタは論理的で明晰な考え方や判断ができ，記憶力も良く，高い問題解決能力を有していると見えるので，プロジェクト・マネージャーとしては極めて適任であると言えるでしょう．