きみを死なせないための物語 宇宙考証の解説
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Tokyo-Cocoon説明書
©吟鳥子(秋田書店)

5.コクーン上昇

地球極大の期間が終了すると,東京コクーンは通常位置へ戻るために高度を上げます.ここでは東京コクーンの上昇フェーズについて説明します.

5.1.地球極大(ペリジ)から通常位置(アポジ)への上昇

まず,東京コクーンが地球極大の高度から通常位置の高度へ上昇するマヌーバについて説明します

第1話で述べたように,東京コクーンのアポジからペリジへの降下は2段階に分けて実施されます.それに対してペリジからアポジへの上昇は16.72時間と設定しました.これは降下の第2段階と同じ時間となります.

ペリジでは,東京コクーンに働く万有引力遠心力とが釣り合っているため,何もしなければ東京コクーンはペリジに留まります.つまり東京コクーンの軌道高度を上げるためには,きっかけとなる運動を与えてやらねばなりません.

そのために東京コクーンには,ロケットエンジンが備えられています.

東京コクーン搭載エンジン
©吟鳥子(秋田書店)

このエンジンは水素燃料として燃焼させて推力を得るものです.なぜなら,「Tokyo-Cocoon説明書」にもあるように東京コクーンの主要なエネルギー源は水素なので水素は豊富に持っていると考えられること,また燃焼によるロケットエンジンとしては水素を燃料とするものが現実的な最高性能(比推力が高い)を得るために適していることが理由です.

このエンジンの噴射によってある程度の上昇速度を与えれば,その後は万有引力と遠心力との力の関係を有効に利用することで,東京コクーンは無動力で上昇していきます.

東京コクーン上昇フェーズ

東京コクーンの上昇フェーズは,上図のように3段階のマヌーバに分けて実施します.

まず第1段階として,最初の60秒間は全エンジンを最大に噴かせます.ところで噴射時間を設定するにあたっては,幾ら水素を沢山持っているからと言っても東京コクーンにとって水素は命の綱ですので,闇雲に長時間噴射して水素を消費するのは得策ではないと考えました.また60秒間の噴射によって,上昇フェーズを完遂するために十分な初速度を得ることもできます.

なお,この噴射時間でエンジンに損傷が発生するようなことが起こらないかということについて,インターステラテクノロジズ株式会社稲川貴大社長にご助言を頂きました.エンジン内では非常に高温の燃焼ガスが発生しますが,このがエンジンの材料を傷めることが燃焼時間の長秒時化の妨げになります.従って,エンジンの損傷の度合いが燃焼時間を決めることになります.しかし逆に言えば,この熱の問題さえ解決できれば,噴射時間を長くすることは可能となります.現実的にはエンジンを傷めない程度に熱を逃がすということが極めて難しいため,噴射時間を幾らでも長くするということは困難です.それを踏まえて,60秒間程度の噴射は現状のエンジンでも短い方ですから現実的であると言えます.ところでこのインターステラテクノロジズ株式会社は,H-IIAなどの大型ロケットに対して,超小型衛星の打上や観測ロケットとして安価に打ち上げられるロケットを開発しており,最近では総重量900kgの観測ロケット「MOMO」によって,様々な実験・観測機器をペイロードとして高度100kmまで到達することを目指しています(平成29年7月27日現在).

次に第2段階になります.第2段階は第1段階終了後,6.89時間経過するまで継続します.第1段階の噴射によって東京コクーンの高度はペリジより上昇するため,万有引力と遠心力の釣り合いが崩れ,遠心力の方が大きくなっています.この万有引力と遠心力の差分によって東京コクーンはどんどん高度を上げる向きに加速されますが,その後の減速のことも考え,ここでは東京コクーンのテザー展開収納設備によってテザー伸展速度を制限することで,万有引力と遠心力の差分の約90%の力(即ち,その差分の約10%の力でテザーを引っ張るように力を付加する)で加速するものとします.第2段階完了時の東京コクーンは上昇速度3.22km/sとなっており,コクーン内重力は0.41Gまでになっています.この上昇速度に追随するようにテザーを伸展させなければなりませんが,これだけのテザー伸展速度は現状では極めて難しいものですので,この点についてはテザー技術の将来的な発展に期待するところです.

ところで,東京コクーンが上昇を開始してから5.61時間経過後にある事件が起こります.このときの東京コクーンはペリジから15,738kmのところにあり,上昇速度は1.62km/s,コクーン内重力は0.28Gとなっています.これは火星の重力である0.38Gより小さいものですが,ルイにとっては既に身体に負担を感じる程度にはなっていたことでしょう.そうでなければ,ルイはきっと全力で走っていったに違いありません.

6時間経過後…
©吟鳥子(秋田書店)(レイアウト調整は本解説筆者による)

最後に第3段階となります.東京コクーンは非常に高速で高度を上昇させていますが,アポジで静止するためにはそろそろ減速に入らなければなりません.これが第3段階となります.第3段階ではある一定の力でテザーを引っ張るように力を付加することで減速します.そして上昇開始から16.72時間経過後,コクーンはアポジで静止します.なお,東京コクーンが上昇する間もまた,コリオリ力が作用しており,軌道進行方向に対して後ろ側にテザーが湾曲した状態となっています.そのため,アポジに達しても円周方向の運動が残存しており,東京コクーンはアポジ周辺でゆらゆらと振動する運動が継続します.その運動を補償することは以下のシミュレーションでは考慮していませんが,テザーへ付加する力を制御することでこの動きを次第に小さくし,静止させることは可能です.

以上のことを踏まえて,東京コクーンの上昇フェーズを第2話補講のモデル化によってシミュレーションした結果が下図となります.なお左側には降下フェーズの履歴を参考までに併記しています.またシミュレーションは,アポジ到達後のコクーンの動きも見れるように16.72時間以降も記載しており,特にコクーン内重力(Gravity in Cocoon)は残存するコクーンの運動のために幾らか変動していることが見て取れます.

東京コクーン上昇シミュレーションその1

ペリジを基準にした東京コクーンの上昇フェーズでの位置の履歴を,こちらも左側に降下フェーズを併記して載せておきます.

東京コクーン上昇シミュレーションその2