epi.2
2.東京コクーン
第2話では宇宙考証に関する部分は余りありませんので,ついでにいろいろ解説します.
なお第2話の扉絵では,第1話で解説したように,テザーが湾曲して描かれています.
2.1.熱く湯気をたてる店先の蒸籠
魅惑的なひとコマですね.
アラタたちが京都コクーンへ赴いた時点では,コクーンは既に「地球極大」の位置にあるのでコクーン内は無重力状態になっています.アラタたちが逆さまになったり止まらなくなったりということなく,普段と同じように動いているのは,彼らも慣れたものだからでしょう.
湯気が立ち昇るのは,湯気周辺の空気の温度が高いためにその周囲の空気よりも密度が小さく,その結果湯気周辺の空気には浮力が働き,対流が起こるためです.しかし無重力下ではこのような対流は発生しません.ところで蒸籠の中では湯気がどんどん発生していて,蒸籠の蓋の隙間から湯気が吹き出します.この吹き出しは重力の有無に関係ないので,その吹き出しの勢いで,無重力状態であっても湯気をたてるということは十分あり得ます.またコクーンは閉鎖空間ですから,温度調整だけでなく呼気の二酸化炭素の滞留を防ぐためにも空調が効いているでしょうから,それによる空気の流れでも湯気が揺らぎながら立ち昇ることはあるでしょう.
これを踏まえて,改めて下のひとコマを見てみると,祇園さんの紙も無重力下でふわりと広がりつつも,一方にたなびいていますね.
こんな風に,起こり得るとしたらどういうことが考えられるかを考えるのが工学に関わる者の醍醐味です.そして宇宙工学に限らず,工学はそうやって,この宇宙の自然法則をうまく利用しながら発展したものであると考えています.
2.2.東京コクーンの二十四節気
そもそも東京コクーンがどういう状況にあるのかということを解説します.
東京コクーンは1年の二十四節気の内,春分,夏至,秋分,冬至の4回,「地球降下」によりアポジからペリジまで降下することになっています.二十四節気とは,古代の人たちが当時の観測技術の粋を集めて発見,設定したもので,太陽の周りを公転する地球の位置や,地球の自転軸の傾きに大いに関係があります.特に春分(春分点)を見付けることは,牧畜にしろ農業にしろ,活動を開始する時期を把握するために生死に関わるものとして特に重視され,とりわけ春分点を見付けるための天文観測設備が世界中に遺跡として残っています.
下図のように,地球は太陽の周りを1年かけて公転しています.
この公転の軌道が描く面を黄道面といいます.また,地球の自転軸は黄道面に対して23.4°だけ傾いています.即ち,地球の赤道の成す面(赤道面)が,黄道面に対して23.4°だけ傾いていることになります.黄道面と赤道面とが一致していないことから,地球では季節が現れ,特に中緯度地域では四季が巡ります.北半球でいえば,自転軸が太陽の方へ傾いているとき,地表での太陽光量密度(地面に垂直に入射するエネルギーの密度)が大きくなるので夏となります.このとき,最も自転軸が太陽の方へ傾いているときを夏至といいます.そして冬,冬至はその逆の状態となります.逆に言えば,もし黄道面と赤道面が傾いていなければ,地球の公転軌道はほぼ真円とみなせる(離心率0.017)ので,季節変動はほぼなかったことでしょう.
上図の動きを,今度は地球視点で描いたものが下図になります.
天球の中心に地球があり,地球の赤道面はそのまま天球の赤道面と定義します.地球の緯度,経度と同じく,天球上での緯度,経度である赤緯,赤経が定義されます.夜空の星や星雲などの天体は,赤緯と赤経で位置を標記すると便利ですね.なお,占星術で使われる星座はこの黄道上にあるように見えるため,黄道十二宮と呼ばれます.このように考えると,太陽は1年かけて天球上を周回します.この太陽の軌跡を描いたものが黄道となり,黄道が成す面が黄道面となります.黄道面は天の赤道に対して黄道傾斜角23.4°だけ傾いたものとなります.
ところで地球はその歳差運動のために,自転軸が周期25,800年でコマ振り運動をしています.そのため,やがて北極星は他の星へと移って行き,あと8,000年ほどで白鳥座のデネブに,また,あと11,000年ほどで琴座のベガに変わると予測されていますので,やたら明るい星なので目印としては最適ですね.また,この歳差運動のために春分点も段々とずれていて,占星術が発展した古代では牡羊座の方向にありました.そのため,春分点の記号は今も牡牛座の記号(♈)で表されます.ところが2,000年ほど前に春分点は魚座の方向に移って来ました.それ故,古代キリスト教の記号は魚座の記号を使用していました.いまは段々と水瓶座の辺りへと移動中です.
天球で考えると,二十四節気の意味をより知ることができますが,その内,
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春分とは黄道上の太陽が赤道面を天の南半球から天の北半球に向かって通過する瞬間
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夏至とは黄道上の太陽の赤緯が天の北半球で最も高くなる瞬間
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秋分とは黄道上の太陽が赤道面を天の北半球から天の南半球に向かって通過する瞬間
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冬至とは黄道上の太陽の赤緯が天の南半球で最も高くなる瞬間
であると定義されます.
ここで春の一句.
赤道を 北へ抜けるぞ 春分点
「北」を「南」に,「春分点」を「秋分点」に変えると秋の一句となります. なお,春分や秋分のときには赤道上で正午に太陽が真上に来ますが,夏至のときには北回帰線上で,冬至のときには南回帰線上で正午に太陽が真上に来ます.
さて,コクーンは地球の赤道上に繋留されているので,下図のように常に赤道面内の軌道を周回していることになります. なお,地球と太陽の距離に比べてテザーの長さは無視できるほどに小さいので,下図の天球では,コクーンは地球の位置にあると見なして差し支えありません.従って,地表にいようがコクーンにいようが,二十四節気は同じように到来します.
ただし,コクーンは宇宙コロニーですから,コクーン内では敢えてそうしない限りは季節というものはありません.つまりコクーン住民にとって春分,夏至,秋分,冬至というのは,最近暖かくなったねというような季節を肌で感じるものとは無縁で,単に軌道上での位置関係を示すものに過ぎません.だから,コクーン内で生まれた人は,季節がどういうものかを体感的に知ることはないでしょう.しかしながら,第3話で重要なテーマである「夜」の長さに関係するものとなり,コクーン住民にとっては極めて特別な日となります.