東京都立大学藤江研究室 (バイオメカニクス研究室)

研究内容

 バイオメカニクスは、機械工学や医学、バイオサイエンスにまたがる最先端研究領域です。バイオメカニクスは、生体の働きや仕組み、現象などを力学的に理解することを目的とした基礎バイオメカニクス、それら知見を医学や工学に応用することを目的とした応用バイオメカニクスに分けられることがあります。
 本研究室では、基礎バイオメカニクスとして、関節内軟組織(靭帯、軟骨、半月)の優れた力学特性解明に向けたミクロ・マクロスケールの実験・解析に取り組み、応用バイオメカニクスとして、関節外科手術の術式向上のための力学的評価、再生医療発展に向けた新規組織修復材料の創生に取り組んでいます。また、応用バイオメカニクスに関する研究は、大阪大学医学部や札幌医科大学医学部、ピッツバーグ大学などの臨床医らと共に行っています。
 研究室内を3つの班に分けながら研究を進めつつ、定期的に研究室全体で意見を交換し合い、様々な視点からそれぞれの研究を捉えることで、研究レベルの向上に努めています。各班の詳細は下記をご覧ください。

関節班 (編集日:2022/08/08)

    最近の研究テーマ

  • 関節力学試験解析システムの開発
  • 医学部・獣医学部と連携した関節外科手術のバイオメカニクス的研究
  • 靭帯・腱付着部、関節半月のバイオメカニクス的研究

関節力学試験ロボットシステム・解析システムの開発、改良

 本研究室の藤江らを筆頭として関節班は、生体外で関節運動を再現可能な画期的な関節力学試験ロボットシステムを開発しました。この関節力学試験ロボットシステムは、力制御を駆使することにより膝関節の自然な運動を再現する事を可能とし、位置制御を用いることで、記録した膝関節の3次元軌道を膝関節の軟組織の状態変化に関わらず何度でも再現する事を可能としています。このロボットシステムを用いることで、関節運動中に靭帯や半月に加わる力などが計測できます。また、様々な実験系に合わせてロボットシステム内のプログラムの改良にも適宜取り組んでいます。
 さらに、このシステムの開発で用いた理論を計算力学モデルに応用させ、コンピュータ内でロボットシステムと同様の力学試験ができる解析システムの開発も進めています。この解析システムを用いることで、実験では計測が難しい、靱帯や軟骨、半月にかかる応力や内部変形等を解析できるようになります。

関節外科手術へのバイオメカニクス的アプローチ

 関節はスポーツや事故、老化などにより損傷することがあり、これらの治療のために関節外科手術が施されます。例えば、スポーツ中の切り返し動作やジャンプ動作による膝関節内の前十字靭帯の損傷(国内で年間2-3万件)に対する前十字靭帯再建術や、スポーツ中のタックル動作などの外部衝撃による膝関節内の半月の断裂に対する半月縫合術、老化などによる変形性関節症(国内有病者数3000万人)に対する人工膝関節全置換術があります。
 いずれの治療法も長年の研究によって確立されたものになっていますが、損傷前と同様のパフォーマンスを発揮することが難しかったり、100%の満足度が得られていなかったりと、術式の向上が求められています。そのためには、医学的研究では難しい、関節全体を力学的に捉える最先端のバイオメカニクス的アプローチが必要不可欠です。
 そこで、関節班では、他大学の医学部との共同研究をしながらこれらの手術術式の向上を目指した研究に取り組んでいます。具体的には、関節力学試験ロボットシステム・解析システムを用いて、手術施行後の関節と正常関節、損傷関節の関節動揺性や作用荷重等の力学的な差異を定量的に評価しています。

靭帯・腱付着部のバイオメカニクス的検討

 靭帯・腱付着部は工学的・医学的に非常に重要な組織です。靭帯や腱は長さ数十mmの組織であるのにもかかわらず、体重に匹敵するほどの荷重に対応することができるだけでなく、関節の運動に伴って付着部がこねくり回されますが、あまりにも過度な負荷がかからない限り機能し続けます。このような強靭で柔軟な部品は機械構造物には存在しないため、靭帯・腱付着部は工学的観点で非常に興味深いです。また、過度な負荷がかかれば靭帯や腱は損傷しますが、その損傷は付着部で起きやすいとされています。よって、損傷防止や損傷後の治療のための靭帯・腱付着部研究が医学的に重要であるとされています。
 近年の解剖学や組織学の分野において靭帯・腱付着部の研究が既に行われており、その結果、靭帯付着部の構造や組成は明らかになりました。しかしながら、力学的な検討は詳細に行われていません。そこで、関節班では、関節力学試験ロボットシステムや自作の力学試験機を用いて、関節運動中に靭帯付着部構造に生じる力やそれによって生じる変形の計測など、靭帯付着部に特化した様々な力学的検討を実施し、それらを形態学的研究や生化学的研究と絡めることで靭帯付着部の働き・仕組みの解明を目指しています。

軟骨班 (編集日:2022/08/08)

    最近の研究テーマ

  • 軟骨表層における水和層の摩擦・潤滑特性の解明
  • 軟骨内プロテオグリカン含有量と摩擦・潤滑特性の関係
  • 二相性潤滑の解明に向けた軟骨内部流体の解析

関節軟骨のバイオトライボロジ

 関節軟骨は関節の表面を覆うように存在しており、常に荷重が負荷され摩擦が発生するような非常に厳しい環境下にあります。しかし、軟骨は摩擦係数がわずか1/1000程度と非常に小さく、この低摩擦環境を長期にわたって維持することができます。このように、軟骨は素晴らしい力学特性を持っていることが知られていますが、その優れた潤滑能力がどのようにして発揮されているのかという詳細なメカニズムはわかっていません。また、軟骨の複雑な構造と優れた力学特性との関係も不明な点が多く、これらを解明することは軟骨という組織の理解のみならず、後に述べる医療への貢献にも大きく関係してきます。以上のことから本研究グループ(軟骨班)は、軟骨の潤滑メカニズム解明を大きなテーマとし、実際の動物から採取した軟骨と自作の試験機を用いた実験と、コンピュータを用いた有限要素解析を行っています。

構造と力学特性

 関節軟骨は、約80%の水分と残りの約20%が軟骨の構造骨格を担うコラーゲン線維や強い保水力を有するプロテオグリカン等の細胞外基質で構成される水分を多く含んだ組織です。軟骨の厚さは個体の種類や部位によって多少異なりますが、ヒトの場合約2-5 mmの厚さを有しています。軟骨の構造は軟骨表面から深さごとに異なる複雑な構造となっており、コラーゲン線維の配向方向や軟骨細胞の形態などにより表層、中層、深層、石灰化層の4層に分けられます。コラーゲン線維は、表層部では軟骨表面に対し平行方向に配向し、中層および深層にかけて垂直方向に配向していくドーム状構造を形成しています。このコラーゲン線維構造の中に、プロテオグリカンが閉じ込められ、軟骨内の水分と複雑に作用し合うことで、軟骨は優れた力学特性を発揮することが可能であると考えられています。
 また、近年では軟骨内部から軟骨表面へと突出したプロテオグリカン凝集体が関節液の水分を拘束することで形成される水和層が軟骨の潤滑特性の向上に寄与するということが考えられています。

透水性

 関節軟骨は先述のように約80%の水分で構成されており、これが構成成分のほとんどの割合を占めています。そのため、軟骨の潤滑様式は、金属同士等の潤滑様式として適応される単純な境界潤滑理論や流体潤滑理論とは異なることが知られています。バイオトライボロジの分野では、軟骨を固相(コラーゲン線維やプロテオグリカン等)と液相(軟骨内部の水や電解質)として捉えた二相性潤滑が着目されており、今日に至るまで様々な研究が行われています。二相性潤滑に着目したこれまでの研究では、軟骨に対する圧縮や摺動時の負荷の大部分を液相が担うことで、低摩擦となることが報告されています。これらのことから、軟骨の潤滑様式に関しては軟骨内部の水分の挙動を把握することが重要になります。この流体挙動を支配しているのが、組織内部の流体の通り易さを示す指標である透水率です。私たち軟骨班は、コラーゲン線維に由来する異方性構造を有し、微小な厚さである軟骨の透水性を検討するため、新たな試験機を独自に開発しました。これを用いて、軟骨を表層、中層、深層に分割し、軟骨表面に対して垂直方向の透水率を測定した結果、表層から深層にかけて透水率が低下し、透水率の異方性が明らかとなりました。現在は線維配向に依存する透水率のより詳細な検討を行うため、ポリビニルアルコール(Poly(vinyl alcohol): PVA)ハイドロゲルを用いた軟骨簡易モデルを作製して、線維配向と透水率の関係を検討しています。

関節軟骨の表層解析

関節軟骨における潤滑メカニズムの解明には、先述した二相性潤滑理論および軟骨の構造骨格を担うコラーゲン線維による議論が重要になります。軟骨班ではこれまでに、実験的検討はもちろんのこと、解析的検討も行ってきています。軟骨2次元モデル(線維強化多孔質弾性体モデル)を用いた軟骨表層に対する解析では、表層の透水率を低下させたモデルの起動摩擦係数および動摩擦係数は、基本モデルよりも低値となることを明らかにしています。これは、最表層の透水率の低下が軟骨の摩擦特性に大きな影響を与えることを示しています。さらに、起動摩擦時の流速と、流体圧の解析結果(下図参照)を見ると、透水率低下モデルでは基本モデルに比べ、圧子と接触する摩擦先端部分での水分流出が抑制され、軟骨内の流体圧が上昇していることが確認できます。このことから、軟骨表面近傍の透水率の低下が、荷重に対する流体支持を上昇させ、起動摩擦時および動摩擦時に優れた潤滑特性が発揮されることを示唆しています。今後は、軟骨3次元モデルを用いて、より詳細な検討を行いたいと考えています

細胞班 (編集日:2022/08/08)

    最近の研究テーマ

  • 軟骨修復組織材料の作製(低酸素・静水圧環境下、共培養)
  • 軟骨基質生成に関連する遺伝子発現のメカニズム解析

組織修復材料の創生

 近年着目されている再生医療の発展に向けて、細胞班では組織修復材料の創生に向けた研究に日々取り組んでいます。我々の体の各器官や臓器は生命活動を行う上で重要な役割を果たしています。これらに病気や外傷が生じてしまった場合、移植医療や人工物による代替が行われます。しかし、これらの医療にもドナー不足などの問題があります。そこで近年、注目されているのが再生医療です。再生医療とは、様々な種類の細胞に変化する性質(分化能)をもつ細胞である幹細胞を用いて、その細胞の力で失われた組織の機能を修復する手法で、これまでの治療法を超える可能性のある新世代の医療技術です。藤江研究室の細胞分野では主に関節を研究対象としており、大阪大学医学部と共同で、滑膜から採取された幹細胞を用いて作製される幹細胞自己生成組織(Stem cell-based self-assembled tissue:scSAT)と呼ばれる細胞シートに関する研究や、近年では幹細胞/コラーゲン遠心圧縮複合体(Centrifugally Compressed Cell-Collagen Combined Constructs: C6)に関する研究が盛んに行われています。

scSAT/CSの創生

 scSATはこれまで軟骨修復に応用されてきていますが、scSATを用いて修復した軟骨は表層のコラーゲン密度やプロテオグリカンなどの軟骨組織の量が正常軟骨と比較して劣っていることが報告されており、これらが、修復組織の力学特性の低下を引き起こしていると考えられています。これらの原因としては、scSAT自身が保有する、コラーゲンなどの細胞外基質と呼ばれるものの不足が挙げられています。そこで、株式会社ニッピによって開発されたコラーゲンシートと、scSATを複合させ、コラーゲンを高密度に含んだscSATを作製することで、より生体組織修復に有用な修復材料の作製を試みています。本研究室ではこれまで、コラーゲンシート(Collagen Sheet: CS)上でscSATを作製し、scSAT/CS複合体を開発し、軟骨修復に有効であることを明らかにしました。

C6の創生

 幹細胞/コラーゲン遠心圧縮複合体(Centrifugally Compressed Cell-Collagen Combined Constructs: C6)とは、コラーゲン溶液を再線維化させ、間葉系幹細胞(Mesenchymal Stem Cells: MSCs)と混合し、遠心処理を行うという新規作製方法を用いて作製される組織修復材料です。これまで作製されてきた組織修復材料では、架橋剤や凍結乾燥法を用いて作製されてきましたが、人体への悪影響が懸念されており、一つの課題とされてきました。しかし、このC6はMSCsで自己組織化するため、架橋剤や凍結乾燥法を用いることなく作製することが出来る組織修復材料です。

C6の改良

 C6は、遠心処理を行うという比較的簡易な手法で作製されています。そのため、改良の余地が多く残されています。例えば、混合物や、いくつかの刺激、組織内での細胞の共培養によって効率的な組織修復材料の作成を目指しています。
 まず、混合物について。組織修復材料をより良いものにしようとする際、最も単純に行える改良が新たな何かを混合することです。そこで、cell spheroidを混合しました。cell spheroidとは、MSCsを球状に三次元培養することによって、より生体環境に近い状態で培養することを目的としたものです。これにより、細胞間のインタラクションが強くなり、組織本来の機能を高く有することが期待されています。次に、低酸素や静水圧などの刺激について。関節軟骨は、低酸素環境下に晒されており、また、関節運動に伴い関節が圧縮されるため、軟骨には3次元静水圧が負荷されています。このような関節軟骨と同様の環境下でC6を作製することで、関節軟骨を修復可能なC6の創生につながることが期待されています。最後に、最近では軟骨細胞とMSCsをC6内で共培養させています。これにより、さらに効率的に関節軟骨を修復可能なC6を作成できることが期待されています。

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