研究内容

当研究室で取り組んでいる研究内容を紹介します(2020年9月現在、随時更新予定)。

研究紹介動画(音声なし)

|基本理念

生体現象を機械力学で捉える ~生体機械・バイオメカニクス~

私たちの体内では様々な臓器系が存在します。例えば、血液循環系では、心臓が収縮することにより血液が拍出され、体内に張り巡らされた血管内を流れることで、活動に必要な酸素を全身の組織に供給するという機能を有しています。このように、生体現象は機能としての役割を持ち、これらを機械力学の枠組みで理解するアプローチが生体機械・バイオメカニクスです。

生体現象を数値モデルで科学する ~生体計算科学~

当研究室では、計算科学技術を駆使したコンピュータシミュレーションにより、複雑な生体現象にアプローチしていきます。現象の振る舞いを数学的に表現した数理モデルおよび数値モデルを構築し、時には世界有数の大規模計算機を用いた数値シミュレーションにより、生体現象の物理的側面をできるだけありのまま再現し、数値結果を解析・評価し検討することで、現象の背後に潜む本質的な物理要因を解明します。

医学・医療へ展開する

得られた物理的知見を生理学と結び付け、生体応答と併せて検討することで、医学へ還元します。これに加え、シミュレーションによる物理情報を取り入れた新たな医療への展開を図ります。


|主となる研究テーマ

複雑連成する生体現象の数理・数値モデリング

生体現象の物理的側面をできるだけありのままに再現するために、安易に現象を単純化するのではなく、物理的な考察を踏まえ必要な要素を取り入れモデルを構築します。必然的に、複数の物理あるいは異なる時空間スケールが連成する複雑な現象となります。これまでに、微小循環・血栓・脳循環・肺音など様々な現象を扱ってきました。このような現象を扱う際、ほとんどの場合において、既存の方法では太刀打ちできず新たな計算技術に基づくアプローチが必要になるため、基盤計算技術の構築も同時に行います。

・脳血流シミュレーション

脳循環には、平均血圧の変動に依らず常に一定量の血液が供給されるといった自動調節機構が備わっており、これは他の臓器では見られない現象です。脳血管網の複雑な構造はこの自動調節機構と大きく関連すると考えられていますが、そのメカニズムは未だ不明です。医用画像と数理モデルを組み合わせ脳血管を半仮想的に再現し、大域循環から局所循環まで取り入れた全脳循環シミュレーションにより、この難問に挑みます。

cerebral_vasculature


・微小血液循環

血液の固体成分である血球は、その内外を脂質二重層の構造を持つ膜(および裏打ちされたスペクトリン網)で隔てられています。これにより,血球は弾性を有するカプセルとして振る舞います。脂質二重膜は面積変化に対する抵抗が大きいですが、血球成分の一つである赤血球は両凹円盤形状をとることで流動に応じて自身の形態を受動的に変化させることができます。赤血球のサイズは8umほどですが、血液中の体積比は40~45%と非常に高いです。よって、血管径が数um~数十umとなる微小循環では、赤血球が非常に混雑し渋滞を起こしながら血管網を流れていきます。赤血球の役割は血液内の酸素輸送と周囲組織への酸素放出ですので、複雑な経路構造をとる微小血管網において、その分布は適切に保たれる必要があります。この仕組みは、生体応答由来の血管径制御による能動要素と流体力学的な受動要素のバランスで成り立っていますが、生理学的な意義と併せた両者の定量的な議論は近年始まったばかりです。本研究では血球変形と流動の力学連成および物質輸送を連成した数理・数値計算モデルを新たに構築し、スーパーコンピュータを用いた大規模解析によりこの問題にアプローチします。

microcirculation


・細胞遊走モデル

走化性・走触性・デュロタキシスといった多面的な反応を有する細胞遊走は、腫瘍成長やがん浸潤といった病理と密接に関連しし、そのメカニズムの解明および制御方法の確立が望まれています。近年の研究で,細胞内・細胞膜内に存在するタンパク質のダイナミクスが明らかになってきていますが、これらがどのような物理的連立関係のもと細胞全体の遊走挙動と繋がっているかは未だ仮説の域を出ておらず、細胞遊走の根本的な機序は不明です。本研究では、細胞の計算力学モデルを用いて細胞遊走の力学的な機序を探求するとともに、細胞遊走挙動の制御に向けた数値試行実験を試みます。

cell_migration


生体データ同化シミュレーション

データ同化と呼ばれる数理科学手法を用い、医用計測可能なデータ(速度や形状、温度など)を物理モデルに取り込むことで、物理法則に従う形で状態量の再構築を行います。例えば、空間的に疎な流速データを用いて詳細な流れ場や圧力を評価したり、材料の変形前後での表面形状を用いて材料内部での応力分布を評価できます。これにより、生理学的条件による違いを加味した個人別の生体現象を再現します。これに加え、データ同化の概念を取り入れた新しい計測技術の確立も模索します。

・血流データ同化

物理的整合性を満足するフィードバック型データ同化手法(Ii et al., Int J Numer Meth Biomed Eng, 2018)による血流データ同化解析の例:医用計測された血流の低解像度速度ベクトルと数理モデル(非圧縮性NS)のデータ同化逆解析より、圧力境界条件を推定し詳細な血流場を同定しました。数理モデルを介しているため、計測では得ることができない圧力場や壁せん断応力の評価が可能です。今後、多数の血流計測データを用いて解析することで、血流動態と病理の関連を定量化していきます。

DataAssimilation_blood


数値計算モデルの研究開発と展開

生体現象が持つ、異なる物理素過程が相互作用し調和する多物理性、個体差や生理学条件による多様性、これらを十分に扱える計算力学技法は未成熟で、世界中で研究が進められています。多物理性・多様性を持つ幅広い生体現象の解析を可能とする次世代の計算力学技法の確立を目指します。

・固定格子を用いた混合型定式化による数値解法

生体内の物理現象は一般的に異なる数理モデルで記述されるため、数学的整合性を保った定式化が困難です。これに対し、力学を背景とする物理現象は保存則に基づく類似の数理構造を持つことに着目し、固定格子を利用する混合型定式化によりこの困難の克服を図ります。これまで、この定式化により得られる計算モデルは、生体現象の特定の問題に限らず種々の問題に幅広く適用でき、その有用性を示しています。

Mixture formulation